感謝文
平成30年9月9日
「梨の芯」 金子みすゞ
梨のは捨てるもの、だから
芯まで食べる子、けちんぼよ。
梨の芯は捨てるもの、だけど
そこらへほうる子、ずるい子よ。
梨の芯は捨てるもの、だから
へ入れる子、およ。
そこらへすてた梨の芯、
がやんやら、ひいてゆく。
「ずるい子ちゃん、ありがとよ」
へ入れた梨の芯、
ごみ取りさん、取りに来て、
だまってごろごろ引いてゆく。
私達にとって良いことが、必ずしも地球上の他の兄弟たちにとっても、良いことだとは限りません。いえ、迷惑のほうが多いのでしょう。地球を傷つけ、汚しているのは私達人間。
地球の立場で考える時が来ているのかなと思います。ごみ問題、生活習慣、農漁業、商工業。原発や平和。自然と地球をもっと大事にしたい。
本日のご来店心よりお待ち致しております。
平成30年9月2日
足の悪いおじいちゃんが「なんとかの手前のホロ町で、おろしてもらえんか」としています。「特急バスと知らずに乗ってしもうた。ホロ町に皆が集まっていて時間までに行かないと皆が困る。なんとか止めてもらえませんか」。ガイド嬢はすまなさそうに「ごめんなさい。他のお客様から「あそこでめて」「私はここでろしして」というごがあった時にお断りすることができなくなってしまいます。本当にすみません」。「この足では歩けんし、ホロ町の手前で降ろされたんじゃ時間に間に合わんし…」。その時運転手さんと話していたガイド嬢が「お客様に申し上げます。当バスはこれよりに差し掛かりますので、ブレーキテストを行います」バスは静かに停車しました。「ドアチェック!」ドアがスーッと開きました。するとガイド嬢はおじいちゃんに目でをします。おじいちゃんはハッと気がついて運転手さんとガイド嬢に手を合わせ、何度も何度も頭を下げて降りると、車内は拍手と温かな笑顔で一杯になりました。「ちょっといい話」
本日のご来店心よりお待ち致しております。
平成30年8月26日
弁当の日」の竹下和男先生の話。
「人生の最後に食べたいものは?」のアンケートに30歳代の男性が「お母さんの手作り弁当」と答えました。「私は母子家庭で育ちました。私は一度も母親が作ってくれた弁当を食べた事がありません。食卓には毎朝弁当代が置いてあり、そのお金で弁当やパンを買って食べてきたのです。母はすでに。だからこれは決して食べることができない弁当なのです」。
その男性は「母さん、って、手料理をつくって食べさせたいと思わない存在だったのか。もしそうなら、俺を生んだことをしながら死んだのか」というなを、日々繰り返して生きて来たといいます。
親は、お金を渡して、子供に好きなものを食べさせていれば責任を果たしていると思いがちですが、子供はではなく心(母の愛情)が満たされていないと、訴えているのです。
このは「心をこめた料理」で満たしてやらないといけないのです。の味こそ、手料理こそ、母の愛情のなのです。
本日のご来店心よりお待ち致しております。
平成30年8月19日
言葉遣いは、心遣い」とよく言われます。
ある役所の窓口。申し込み時間ギリギリに駆け込んできたお客様がありました。「まだ間に合いますか」。に質問された窓口担当者は「失礼ですが、どんなご用件でしょうか」とお客様の目的を確認しました。それから書類を用意して、お客様が必要事項を書き終わったのを確認すると「失礼ですが、ご印鑑を持ちですか?」と尋ねたのです。するとお客様はポケットやの中を探したあと、「印鑑忘れてしまったのですが‥」。「そうですか、それではでですから、ここに押していただけますか?」その客様は「あらっ!拇印は主人が会社へ持っていってしまったのですけど‥」。
その担当者は少しもず、な表情一つ見せずに「それでは恐れ入りますが、右手の親指にを付けて、ここに押していただけますか?」。するとお客様は、「あらっ!私何を勘違いしたのでしょうね。まったく」と少し照れながら、拇印を書類に押しました。「新聞投書欄」
心遣いのできる素晴らしい担当者ですね。
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平成30年8月12日
やから、人間が一番偉いのやと、大西良慶大和上は。人間本来なのだから、なことを考えたら申し訳がない。
生活状態は人間の世界だけれども、というものは仏さんと同じだから、汚いを持ってはならぬ。「おれは仏や」と思ったら、しいことは言われないし、の悪いことも言われない。生き物をすることもないし、言うこともない。な生き方になる。
人間がいなかったら、神さんや仏さんもあったものやない。人間がいるよってに神さん手たたいてでもらえるけれども、人間のいない世界に神さんだけいやはって「おれは神や」言うたかて、誰も聞く者あらへん。
こしらえたものが偉いのか、こしらえた人が偉いのかと言うたら、こしらえた人の方が一枚が上なの。そやよって人間が一番偉い。
偉いと思ったら偉い世界をわたったらいい。けれども偉いと思うたら、が重いよってに、偉いと思わへん。そこに人間のなところがある。 「衆生本来仏なり」 清水寺貫主大西良慶
本日のご来店心よりお待ち致しております。