感謝文
令和1年8月11日
お盆です。一三日のに、で迎え火をいて、で来てもらえるようにの馬をます。そして盆の終わりには、で作った牛で、惜しく送り出すのです。お盆のお供え物は、あの世へ帰った時にご先祖様がずかしい思いをしないためのおです。または、目が見えにくいご先祖様が間違えて他の家に行かないようする役割があります。
京都の有名な五山送り火(大文字・妙法・舟形など)は一六日に行われますが、地方では、迎え火と同じように松明を焚いて、帰り道の安全を祈ります。一五日の夜に行う所も多いようです。
先祖のとして盆踊りも各地で行われます。お寺で行う盆踊りと町内会などで行われ盆踊りがありますが、昔は夜遅くまで踊りが続き、好きな方は、いろんな地区をはしごして踊っていたものです。
お供え物、送り火、盆踊り、あの世からてきたご先祖様との語らいは今の私達には、想像できないような楽しみがあったのでしょう。
今年は、になる方も。遠方におられる兄弟や親戚の方が多く帰ってこられるのではないでしょうか。ご先祖様もきっと喜ばれることでしょう。
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令和1年8月4日
昭和二〇年五月、光山さんは少尉となって知覧に戻ってきました。富屋食堂を訪れた光山さんとの再会をトメは喜びましたが、その一方で光山さんが特攻隊員に選ばれたことをました。「俺特攻隊員なんだ。だからあんまり長くはいられないよ」。それから毎日のように富屋食堂を訪れました。出撃前夜、光山さんはトメにこう告げました。「俺、実は朝鮮人なんだ」光山さんの母親は戦時中に亡くなり父親から日本男児としてを遂げよと教育されたそうです。「おばちゃん、いよいよ明日出撃なんだ。長い間色々ありがとう。おばちゃんのようないい人は見たことがないよ。俺ここにいると朝鮮人ということを忘れそうになるんだ。実の親も及ばないほど親身になって世話をしてもらってありがとう」そして「おばちゃんお別れに俺の国の歌を聞いてほしい…」というと、帽子を深々とかぶり、アリランを歌い始めました。「アリラン、アリラン、アラリヨ、アリラン峠を越えていく…」涙声で一番しか歌えません。「おばちゃんありがとう、皆と一緒に出撃できてこんなに嬉しいことはないよ」と。享年二四歳でした。 知覧特攻の母鳥濱トメの言葉
世界の大統領や国家主席、首相、戦争は絶対反対です。
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令和1年7月28日
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」連合艦隊司令長官、山本五十六の名言中の名言。この言葉には続きがある。
「話し合い、耳を、し、てやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
子は親のを見て育つ。子は親の鏡・・・。部下は上司の姿を良く見ているもの。口ではなことを言っても、行動がていなければ耳は持たないし尊敬もされないから、上司の小言と部下の態度は堂々巡り。まずは、自分がやってみせる。人間以外の動物のほとんどは、言われなくてもそれができているのに、なぜ人間だけが? と頭をかしげたくなる。
「人間ほど『子育て』をしている動物はいない」と言ったのは、自然流育児をする小児科医、真弓定夫氏。人間以外の動物は、親の姿を見て子が育ってゆく「子育ち」ができているけれど、人間は親が先に手を出し口を出すものだから子は育たないのだと。
つまり、「子育ち」ができていないから、ずーっと「子育て」をするはめになるのだそうだ。いわんや「親育ち」においてをやである。教える者も勉強です。
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令和1年7月21日
二宮尊徳の説いたえのともいえる『』から、「・の住所」というをご紹介しましょう。
がある村をされたとき、・無気力で掃除さえしない者があった。そこで、こんなきわまることにしておくと、お前の家はいつまでも貧乏神のすみかになるぞ。貧乏からたければ、まず庭の草をとって、家のうちをするがよい。また、こんなに不潔ではもにない。だから、よくて、貧乏神や疫病神がおられないように掃除せい。家の中に物があればくそばえが集まるし、庭に草があればやさそりがとばかり住むのだ。肉がばが生ずる。水が腐ればぼうふらが生ずる。そのように、心や身が汚れてが生ずるし、家が汚れて病気が生ずるのだ。恐ろしいものだぞと、れた。
明日から夏休み。の上の整理整頓、部屋の清掃心がけましょう。のとならぬよう、整理・整頓・清潔・清掃です。
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令和1年7月14日
明日は「海の日」、ご存知でしたか。
海の日とは、7月の第3月曜日に海の恩恵に感謝するとともに、海洋国である日本の繁栄を願うことを目的とした日です。
海の日のはじまりは、一九四一年(昭一六年)に七月20日が「海の記念日」として制定されたことです。七月二〇日が選ばれたのは、明治天皇が明治九年東北ごの、視察船「明治丸」で、青森から函館を経て横浜にご安着された日に由来しています。
後に二〇〇三年から、国民の祝日に関する法律が一部改正され、海の日は七月二〇日から七月の第三月曜日に変更。しかし、「海の記念日」はいまも七月二〇日のままです
「海の日」があれば「山の日」も。
山の日は新しく、2016年から始まった祝日です。最初は八月一三日~一五日のお盆休みとあわせて休めるようにと、八月一二日を祝日の案とされていましたが、八月一二日はで日航機がした日であり、最終的に一一日が「山の日」として制定されました。そして「川の日」。七月七日、とが一年に一度、天の川で会える七夕が「川の日」です。
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