MaruichiMaruichi

Life 感謝文

令和4年5月21日

お客様、ありがとうございます。

 私が小さい頃、中央の政界や官界で出世した人が帰省してくる。すると、近所のおじさんが「小学校の頃、俺は級長であいつは頭がよくなくて、俺によく泣かされたやつだ」とか言うんです。
 確かに、そのおじさんは弁も立つし、近所でも有名なんですが、どうしてもそのおじさんと、いま帰ってきている人とを比べてみると、雲泥の差で向こうが偉いと思うのに、おじさんに言わせれば、あいつは大したことなかった、と言う。
 それで、おじさんは大変威張って、そういうことを吹聴しているけど、子供心に、どうも向こうのほうが偉い。いや、なぜそうなったんだろう。おじさんは小学校の頃から今も、能力があったのを鼻にひっかけて努力をしなかった。あの人はそれほどできがよくなかったから級長はできなかったかもしれないけれども、以後一所懸命に努力をしたから、その差が何十年も経ち、人生の後半になった時に大変な差になったと考えたのです。そのことにふっと気がついて、考え方が一番大事だと。そこで、人生の結果=能力×熱意×考え方という方程式をつくったのです。 京セラ会長稲盛和夫
 本日のご来店心よりお待ち致しております。

令和4年5月14日

お客様、ありがとうございます。

 お姉さんはとても綺麗で、幸せそうでした。
 でも、妹の姿を見て、何かひそひそお話をする方もおられました。そんなときにお色直しから扉を開けて出てこられたお姉さんは、驚いたことに、妹が縫ったあの浴衣
を着ていたのです。
 一生に一度の披露宴に、妹が縫った浴衣を着てくれたのです。お姉さんは旦那さんとマイクの前に立ち、私と妹をそばに呼んで「この浴衣は私の妹が縫ってくれました。
私の妹は小さいときに高い熱が出て手足が不自由です。でもこんなに素敵な浴衣を縫ってくれたんです。妹は病気になって、家族から離れて生活しなければなりません
でした。その妹が不自由な手に血豆をいっぱい作りながら練習し、一所懸命にほとんど一人で縫ってくれたのです。私のことを恨んでるんじゃないかと思ったこともあり
ました。でもそうじゃなくて、私のためにこんなに素敵な浴衣を縫ってくれたんです。
私はこれから妹のことを、大切に誇りに思って生きていこうと思います。」会場から大きな拍手。妹もとてもうれしそうでした。そしていま和裁を学んでいます。 
     山元加津子(養護学校教諭)
 本日のご来店心よりお待ち致しております。

令和4年5月8日

お客様、ありがとうございます。

  漫画家手塚治虫が小学生の時、授業中に漫画を書いていて、先生に怒られた事がありました。母親も呼び出されて、漫画を書くのを止めさせるようにと怒られました。
しかし家に戻って、母は叱らずに「どんな漫画を描いていたの、見せて頂戴」と良い、ノートをじっくりと見てから、「治(治虫)ちゃん、この漫画は面白いよ。お母さんは
あなたの漫画の、世界で第一号のファンになります。これからも面白い漫画をたくさん描いてね」と逆に、励ましたのです。
 医学部に進んだ治虫が、医学と漫画の両立に悩んで母に相談すると「あなたは漫画と医者のどっちが好きなの?」「漫画です」「じゃあ、漫画家になりなさい」と、あっさり答えたそうです。
 治虫は後年、このときのことを振り返って、「母はいいことを言ってくれたと思っています。母のこの一言で決心が付き、本当に充実した人生を送ることができまし
た。」と感謝の言葉を述べていたそうです。 明日は母の日。絶対肯定の無条件の母の愛が治虫の才能を伸ばし鉄腕アトムが生まれたのです。
 本日のご来店心よりお待ち致しております。

令和4年4月30日

お客様、ありがとうございます。
 デビュー二年間、トランクいっぱいにレコードを詰めて知らない街のキャバレーで歌い、客席を回ってレコードを買ってもらうのです。その頃です、マネージャーに、レコードの売上も私のお給料も全部盗られたのです。悲しくて悲しくて…。
 ある時次の街へ移動するためガラガラの始発電車に乗って、トランクを前に抱え両脇に大きなバッグを二つおいて座りました。いつの間にか、泥のように眠ってしまった
んです。ハッと目が覚めると朝のラッシュ、電車は超満員。そんな中私が何人分の席を占領してるわけです。申し訳なくて恥ずかしくて…。でも、誰からも「どけ!」など
ときつい言葉はありませんでした。それから数年後、「数年前、トランクを抱えて電車で寝ていた女の子がいました。疲れているんだから寝かせておいてあげようと、皆
で言い合ったんです。あれは八代さんだったのでは?」のお手紙。心がポッと温かくなりました。どんな事があっても、いいことが十の内一つでもあればありがとうと言ってきました。その原点は、いつでも誰にでも優しかった両親です。
  PHP5月号(八代亜紀さん五十周年から)
 本日のご来店心よりお待ち致しております。

令和四年4月23日

お客様、ありがとうございます。
 がん専門の外科医が、48歳の時腎臓がんに。それから13年、はじめて書いた「がんが消えていく生き方」     船戸クリニック院長 船戸崇史
 人は自然治癒力によって、治るようになっています。がんになる、治らないのは、その人の生き方(生活習慣)が邪魔をしているからです。
 がんが嫌がる5つの生活習慣
 良眠生活「睡眠中こそが細胞や組織を修復する時間帯」決めた時間に寝て、決めた時間に起きる。できれば八時間睡眠を。
 良食生活「がん体質を変えるための食生活」 がんが嫌いな食べ物を摂りましょう。がんの好きな食べ物(特に糖分)は避けましょう。
 加温生活「がんを退治するリンパ球は体温一度上がると活性力40%増」運動や入浴で体温を上げることで、がん細胞を抑制します。
 運動生活「がんが嫌う酸素を体内に効率的に取り込む」できれば朝1時間散歩しましょう。
 微笑生活「笑いは、免疫力のあるNK(ナチュラルキラー)細胞活性化」します。
 がんに打ち克つ生活習慣で、元気で長生きを。
 本日のご来店心よりお待ち致しております。