感謝文
令和4年9月17日
お客様、ありがとうございます。
「世の中に腹が立たなくなったらダメなんじゃないか、と思うんです。世間の出来事を自分のことのように興味を持ち、『それは違うだろう』と文句を言ったり、『よかったなあ』と喜んだりする。それはとても大切なことだと思います」
世間に興味を持って心を動かす。それができるのは心が健康であればこそ。
昔は近所に、いいことをするとほめてくれ、悪さをすると怒ってくれるおじいちゃんやおばあちゃんがいましたよね。子どもたちにとって『あそこのおばあちゃんは怖い』と言う人がいることは大切なんじゃないか。そういう人が必要なんじゃないか。その役目ができるのはやっぱり年齢と人生経験を積んだジジ・ババだと思うんです。
今まで頑張ってきたのだから、『いいことはいい。悪いことは悪い』と言っていいと思うんです。それは社会のためになるし、自分も元気になれます。『子どもたちに言えるのは私だけ』となれば、子どもたちや若人の良い所をほめ、悪いところは注意できるオバアちゃんを目指してがんばります(笑)
私の元気習慣 歌手 水前寺清子 七十七歳
本日のご来店心よりお待ち致しております。
令和4年9月10日
お客様、ありがとうございます。
「心に抱く思いによって人生が決まる」というのは「真理」です。心に善き思いを持ったとき、それは善き力となって出ていき、善き結果を連れて戻ってくる。一方邪悪な思いを抱けば、悪しき結果を引き連れて返ってくる。なぜ善き思いを抱けば、善き結果を得るのでしょうか。それは、この宇宙が、善き思いに満ちているからです。宇宙を満たす善き思いとは、生きとし生けるものすべてを生かそうとする、優しい思いやりに満ちた思いを抱けば、愛に満ちた宇宙の意志と同調し、必ず同じものが返ってくるのです。
「与えよ、さらば与えられん」あるいは「情けは人のためならず」と、愛が持つ偉大な力が古今東西で説かれているように、あなたが差し出した愛は必ずあなたに返ってきて、あなた自身を幸福にしてくれるのです。「そんな思いやりに満ちた心などといっていては、厳しいこの社会をわたっていけるのか」と、疑問に思われるかもしれませんが、善き心こそが強大なパワーを持っているのです。
八月二十四日逝去 京セラ稲盛和夫氏(享年90)
本日のご来店心よお待ち致しております。
令和4年9月3日
お客様、ありがとうございます。
「ホールフード」という言葉をご存知ですか?葉や根や皮なども含めて丸のまま食べよう、ということです。日本全国には残り物をうまく使った料理が多々あります。たとえば青森のじゃっぱ(雑葉)汁。冬場、脂ののった鱈のアラや野菜の切りくずなどを入れた郷土料理です。キャベツの芯は食物繊維を多く含み、ビタミンCも豊富です。さらに一番外側の緑が濃い葉、この部分には体内でビタミンAに変わるベータカロテンが多いのです。ビタミンAは目に良く、がんや生活習慣病予防にもよいのです。とかく捨てられがちな部分ほど多くの栄養を含んでいるもの。大根の皮にはビタミンC、そして毛細血管を丈夫にするビタミンPが多く含まれ、高血圧の予防や脳卒中予防などに効果があるといわれています。一方、大根の葉はビタミンA、ビタミンC、ビタミンEなどが豊富。味噌汁の具やきんぴら、和え物など、美味しくいただいてみてください。人参の皮も捨てるにはあまりにももったいない。工夫ひとつでフードロスを減らし、貴重な栄養素を摂ることができるのです。
本日のご来店心よりお待ち致しております。
令和4年8月27日
お客様、ありがとうございます。
「生活力には二つあるんです。一つはお金を稼ぐ力。もう一つは自分の身の回りのことがちゃんとできること。どっちも大事なんだけど、日本の男はダメね。二つ目の生活力がないから。特に高齢者に必要なのは二つ目の生活力なのよ。仕事をやめて稼がなくなったら、生活力がなくなっちゃってるでしょ。男性は依存し過ぎだし、依存しているという自覚さえない男性が多いわよね」と、歌手の加藤登紀子さんは言われる。
「主人は何も自分で出来ないから」「何もしてくれないから」と嘆いたり怒ったりしている高齢女性が多くいますが、妻に先立たれて一気に衰えが進んでしまう男性が多いのは、加藤さんの言われる二つ目の生活力の無さが大きな原因でしょう。長年、男女分業を続けて来て、家事を下に見る価値観が染み付いてしまった結果だと思いますが、相変わらず、家ではゴロ寝を決め込み、家事を手伝おうとさえしない男たち。
「男やもめにうじが湧き、女やもめに花が咲く」と昔から言われています。世の、中高年男性方、ぼちぼち家事の見習いをさせてもらったら。
本日のご来店心よりお待ち致しております。
令和4年8月20日
お客様、ありがとうございます。
ある生徒が「ナイフが無くなった」と騒ぎだし、これはまずいと思った徳永先生は昼休みに「みんな外で遊んでこい」と教室の外に出し、疑わしい生徒の机のフタを開けるとナイフが見つかりました。先生はA君の家庭の事情をよく知っており、親に頼めないA君の気持ちを思ったのです。すぐ学校近くの文具店に行き、同じ切り出しナイフを買って帰り、騒いでいた生徒の机の一番奥に入れました。昼休みが終わって皆が校庭から帰ると、先生はナイフを無くした生徒に言いました。「君はあわて者だから、よく調べてみろ」するとその子は机の奥まで探し、教科書の間に挟まっていたナイフを見つけ、皆に「すまなかった」と詫びました。盗んだA君をちらっと見ると、涙をいっぱいためて徳永先生を見ていました。
昭和19年5月、ニューギニア戦線に出撃したA君の最後の手紙。「先生はあの時、僕をかばって許してくださいました。その恩を返せずに逝くのは残念ですが、もしも、僕のような子供がいたら、どうぞ助けてやってください。さようなら」翌朝、A君は米軍の戦艦に体当たりして散華したのです。
教育者の鏡と称された徳永康起先生の話。
本日のご来店心よりお待ち致しております。