感謝文
令和7年8月23日
お客様、ありがとうございます。
明治二十三年、和歌山県沖で難破したトルコ軍艦の話。その時、近くの大島村民が流れ着いた六十九人の乗組員を発見。村民は自らの貧しい生活も顧みず、大切な食べ物まで提供して親身にお世話しました。この話を耳にされた明治天皇は、間髪を入れずに医師団を派遣、遭難者に手厚い看護を施し、二隻の軍艦でトルコまで護送したのです。
この話の後日談。昭和六十年イランとイラクが戦争していた時のこと。イラクは、「これから四十八時間以降、イラン上空を飛ぶ飛行機はすべて撃ち落とす」と宣言しました。世界各国は素早く対応し、自国民の引き上げを早々に完了しましたが、日本だけ対応が遅れ、二百十五人がとり残されてしまったのです。その時、即座に飛行機を派遣し、残された日本人を救い出してくれたのがトルコでした。それは九十五年前の大島村民の行為に対する恩返しだったのです。以来トルコと日本は友好関係を深めながら今日に至っています。
見返りを求めない行為が、善の循環をもたらしたエピソードです。 イエローハット創業者鍵山秀三郎
世界が善の循環を心がけるなら、戦争などなくて、平和で豊かな地球になれるのにと思います。
本日のご来店心よりお待ちいたしております。
令和7年8月16日
お客様、ありがとうございます。
お釈迦様の弟子に、阿南尊者という方がいました。二十五年間、一日たりともお釈迦様の側を離れなかった、という人です。
お釈迦様がお亡くなりになるとき「お釈迦様が亡くなったら、私は何を頼りに生きていけばいいのですか」と阿南尊者はお釈迦様にすがりました。
お釈迦様は、「自灯明、法灯明」。自らを灯火とし、教えを灯火として生きよ…と。さらに、
「己こそ己の寄る辺、
己を措きて、誰に寄る辺ぞ、
よく整えし己にこそ、
まこと得がたき寄る辺をぞ得ん」と応じられた。
よく整えられた自己こそ、決して無くなることのない得がたきより所である。他をより所としてはならない、と。
人は孤独を恐れます。けれど、常に自分と共にあるのは、唯一、自分自身です。
命尽きるまで、決して離れることはありません。これほど頼れる相手は他に居ないはずなのに、人はそれに気づいていない。 龍門寺住職 河野太道
一人の時間を持ち静かな場所で、じっくり自分と向き合うことも大切なことです。
本日のご来店心よりお待ちいたしております。
令和7年8月9日
お客様、ありがとうございます。
「衆生無辺請願度」は「四弘請願文」というお経の一節。悩み苦しむ人すべての人達を救い助けるのだという誓願です。師はこう話してくれました。「確かに四弘請願文は大変なことを言っている。だからといって、どうせ無理だからと最初から諦めて何もやらないのではダメなんだ。まず一人でもいいからなんとか救ってあげる。そうすれば、少なくともその一人は救われる。これで良い」
檀家さんの法事に急いでいるとき、信号のない交差点で対向車が右折したくてウインカーをだして停車しているのに、譲らなくてそのまま通過したのです。「私が譲らなくても誰かが止まってくれるだろう」と、つい言い訳して通り過ぎて心配になってバックミラーを覗くと、その車は右折できなくて対向車線はいよいよ渋滞している。その時、「しまったなあ」と後悔したのです。自分も道を譲って貰ったことがあるのにと、申し訳なく思い、それからは、必ず道を譲ることにしています。
すると対向車の方が会釈をしてくれます。自分もなんだか救われたような気持ちになるのです。
まず「一人に寄り添う」真摯に、誠実に向き合ってまいります。
静岡・平田寺住職 竹中智厚
本日のご来店心よりお待ちいたしております。
令和7年8月2日
お客様、ありがとうございます。
丸ごと野菜スープ 「命のスープ」
材料 五種以上の丸ごと野菜
※赤(紫)・白・黄・黒(茶)・緑の五色の野菜を揃えると栄養バランスも良い。
例 ごぼう・カリフラワー・パプリカ・ブロッコリー・人参・蕪・カボチャ・マッシュルーム
作り方 一、野菜は切らずに皮も根も鍋に入れる。大きすぎるときは適当に切る。二、野菜がかぶる位の水を入れて、火にかけ、崩れたり色が変わりやすいものは、15~30分で取り出す。三、水が減ってきたら、野菜が充分浸るように水を足しながら。60~90分煮る。
※ 野菜のスープは滋味たっぷり、そのまま飲むほか、だしとして使ってもOK。冷蔵庫で一週間保存可能。
なぜ、丸ごと?植物は、害虫や強い日光、風雪への防御力を持ちます。それがサポニンやリコピンなど多種の抗酸化物質(ファイトケミカル)です。それらがスープに溶け出し健康に繋がります。
「私の医食同源」 食改善アドバイザー 成田和子
明日、財光寺店にて開催のファーマーズマーケット・日向百生会コーナーにて参考資料配布いたします。
家族で毎朝飲んでいます。お試しください。
本日のご来店心よりお待ちいたしております。
令和7年7月26日
お客様、ありがとうございます。
ゴミを拾えば拾う習慣が身につき、
捨てれば捨てる習慣が身につく。
ゴミを捨てたからといって、急に人生が悪くなるわけではありません。だから無神経に捨てる。その考え方が問題です。捨てる人は捨てる一方、捨てる人で拾う人はまずいないものです。
反対に拾う人は捨てません。この差は年月がたてばたつほど大きな差となって表れます。
人生はこうしたことの積み重ねですから、ゴミ一つといえども小さなことではありません。世の中には、一所懸命に努力しても報われない人がいます。逆に、結構ゆとりを持って悠々と生きている割には恵まれた生き方をしている人がいます。
この差をよく注視すると、その人の身についている習慣の差であることがわかります。「優れた人とそうでない人の差は、その人の身についている小さな習慣の差である」と言われる所以はそこにあります。私達人間は九割以上を習慣で生きているそうです。人生を良くしようと願うならば、一つひとつ良い習慣を身に付ける努力をすることです。まず、足もとのゴミを拾う実践からはじめてみてはいかがでしょう。 「人間を磨く言葉」鍵山秀三郎
本日のご来店心よりお待ちいたしております。


